百式ポイント企画『歯磨きせずにはいられない歯ブラシ!』に応募してみる

百式ポイント企画『歯磨きせずにはいられない歯ブラシ!』 | IDEA*IDEA
面白そうな企画があったので応募してみる
お題は『歯磨きせずにはいられない歯ブラシ!』


■ その歯ブラシの詳細
以下のA、B、Cにあてはまる語句を答えよ(必須)。

その歯ブラシは、人は(A)なときに幸せな気分になる、という性質を利用して、(B)なる機能を搭載していた。その結果、毎日の歯磨きが楽しくてしょうがない!という状態を生み出したこの歯ブラシの名前は(C)。

■ 歯ブラシの図解

以下にその歯ブラシを図解してください(必須ではありません)。



■ その歯ブラシの詳細
以下のA、B、Cにあてはまる語句を答えよ(必須)。

その歯ブラシは、人は(ぷよぷよしたものを指先で摘んだり手で握ったり)するときに幸せな気分になる、という性質を利用して、(指の動きを歯ブラシの動力へと変換する)機能を搭載していた。その結果、毎日の歯磨きが楽しくてしょうがない!という状態を生み出したこの歯ブラシの名前は(ぷよぷらし)。

指先でスライムの様な部分を摘んだり手のひらでぐにぐにと握ったりする力をブラシ部分の動力とする
ぐにぐにすればするほど歯が磨ける!

絵へただなーw

鼻毛でとんぼを繋ぐ事への才能と関心のみを持つ人が生活できる世界を考えてみた

なぜドーパミンが出ない所で仕事を探すんだろ? - アンカテ
「世の中は厳しい」なんて大嘘 - アンカテ
正規雇用の反対側 - アンカテ
ここらへんを読んで具体的にその世界とその世界の21世紀のアーティストを考えてみた。
現在と働かなくても生きていける世界の中間にある自分の関心を持つ事のみを追求すれば生きていける世界を考える。
その世界で生きている人間を具体的に考えてみる。
21世紀のアーティストの具体例として「彼」を想定する。
彼は鼻毛にとんぼを繋ぐ事しか興味が無くそれ以外の金を稼ぐための行動は一切しない。
しかし彼の鼻毛にとんぼを繋ぐための才能と経験は世界で一番である。
彼が金を稼ぐための方法と彼を生かす事の出来る社会のシステムを考察する。

  • 彼が金を稼ぐための方法を考える


彼がその才能によってのみ生成できるコンテンツを作ることで、鼻毛でとんぼを繋ぐ才能を使って儲ける事が出来るだろう
彼が出来る事と言ったら鼻毛にとんぼを繋ぐ事だけなのでとんぼを鼻毛に繋ぐ動画をネット上にアップするしかない
彼はまずそこいらへんのシオカラトンボを捕まえてきて狭い部屋の中でとんぼを飛ばしてそれに鼻毛を繋ぐ動画をアップする
彼は鼻毛でトンボを繋ぐ事に自分の才能と時間を全てつぎ込む情熱を持っているので鼻毛を伸ばすために育毛剤を塗りたくったり
トンボの生態や動き、感覚器官の特性について可能な限り調べ続ける。
その努力の成果を持ってして彼は次に屋外でシオカラトンボを鼻毛に繋ぐ事に成功するだろう。
そして彼はギンヤンマやアキアカネ、オニヤンマ、イトトンボなどありとあらゆるとんぼを捕まえる動画を次々とアップし始める。
さらにはすでに一匹を捕まえた鼻毛でもう一匹のトンボを捕まえたり、複数の鼻毛でトンボをたくさん捕まえたり、余興でアゲハチョウを捕まえてみたり、鼻毛の先にとんぼを自ら止まらせてみたり、1時間にどれだけのとんぼを鼻毛で捕まえれるかといった企画や24時間耐久とんぼ繋ぎといった動画やライブ映像をストリーミングしたり
Blogでトンボを鼻毛で繋ぐための努力の日々を書きつづったり、その日にチャレンジした挑戦の感想を書いたりする。
それらのコンテンツに対するアクセスによって生活出来るようになるかもしれない。
アクセスによる収入だけではなくて、DVDのように商品としてより洗練されたコンテンツを販売する事も出来る。
その商品を買った人限定のコンテンツとして、ミャンマーの奥地へ幻の巨大トンボを鼻毛に繋ぎに行ったり、無重力状態でトンボを鼻毛につなげるかどうか挑戦したり、「初めてのトンボ鼻毛繋ぎ」のレクチャーなどの動画や、インタビューでトンボを鼻毛で繋ぎはじめたきっかけや初めてトンボを鼻毛で繋げた時のエピソード、トンボについての思いなどを語ったものや、古生代の超巨大トンボを捕まえるにはどうすればいいか、を書いたテキストを売り出すだろう。

  • 彼がそれらのコンテンツによって生活できるシステムを考察する


自分の関心を持つ事のみを追求すれば生きていける世界に必要なもの
通信コスト極小(一般的なコンテンツの通信にはほとんどコストが掛からない)
かなりの割合の人間が収入が無くても死なない社会
コンテンツに対する関心の大きさに正確に比例する全自動投げ銭制度
自分をAI化したかのような精度のおすすめコンテンツリスト
コンテンツが集積する場


コンテンツ消費者は自分のコンテンツに対する関心の大きさに比例して全自動の投げ銭を行う
ほぼ完全なお勧めリストの中から一番見たいコンテンツにアクセスし関心の大きさや満足度を自動的に読み取り見合った額の投げ銭が行われる。
自分の貯蓄がGmailの残り容量のように0.01円単位で刻々と変化していく。より価値の高い(=自分にとって関心が大きい)コンテンツにはより高額の投げ銭が行われる。自分の財産をそんな流動的に扱うシステムに任せるのが不安であり、自分の財産が0になる可能性が問題であるというのならば1万件近い死亡事故が起きている自動車にも乗る事はお勧めしない。
他人の才能を育てる事に無上の喜びを感じるプロデューサーの様な人間や、人の才能と才能を結びつける事によってより多くの人に取って価値のある(もしくは少数の人間にとって素晴らしい価値を持つ)コンテンツを作る事によってドーパミンがダクダクと溢れ出す人間が目を輝かせながらそれらのコンテンツが集積する場を駆け回り、鼻毛をトンボに繋げる才能を全力で生かし切るだろう。
かくして巨大なコンテンツの集積場とコンテンツを生み出す人たちが金を稼ぐシステムができあがる。


主観としては鼻毛でトンボを繋ぐという今の世の中では絶対に稼げないような才能でも、それのみに情熱と才能と時間を注げる社会インフラと個人の才能と稼ぎやすさの相関が今と億倍違う場所があれば鼻毛でトンボを繋ぐという才能のみでも金を稼げると思う
だって俺が古代の超巨大トンボを鼻毛で捕まえるにはどうすればいいかという考察があれば金を出すものw
考察を俺に買って欲しい人はコメント欄まで
考察のレベルによって0~1000までのはてなポイントを送信させていただきます

フレーム問題とゼロ年代の想像力

90年代(正確には地下鉄サリン事件以降の90年代後半)は一言で言うと「引きこもりの時代」なんですね。「エヴァンゲリオン」の碇シンジ君みたいに、「世の中のしくみが変わってきて何が正しいかわからない」から「間違いを犯すくらいなら、何もしないで引きこもる」という思想が蔓延した時代です。

http://www.geocities.jp/wakusei2nd/32a.html

あの時 最高のリアルが向こうから会いに来たのは
僕らの存在はこんなにも単純だと笑いに来たんだ
耳を塞いでも両手をすり抜ける真実に惑うよ
細い体のどこに力を入れて立てばいい?
ぼくらの OP アンインストールより

なんだか古典AI工学で最初の最初に問題にされていたフレーム問題 - Wikipediaと同種の問題のような感じを受ける
俺も優先席に座っている若い男を見たら注意するか何かしらのアクションを起こす前に
「何故彼は優先席に座っているのだろう?乗車率から優先席に座る必要のある人間が座るだけの空席は確保されていると推測したのだろうか?もしかして外見的な特徴が見られないが優先席に座るべき何らかの理由を抱えているのだろうか
それとも彼は大学教員の日常・非日常:シルバーシートに座れなどのある一定以上の考慮を経た理由から優先席にあえて座っているのだろうか
その可能性があるならば、優先席に座る人たちにとって利となる理由から優先席に座っている人間に対して何の考慮もせずに座っている事だけを抜き出して注意する事は逆に優先席に座るべき人たちにとって害となる結果を及ぼすのではないか
そもそも優先席に座るべき人たちにとって何が損得なのか?優先席に座っている人間を押しのけて座るという行為に対して感じる不快感とストレスを持つ人がいた時その人にとって(主観的には)損なのではないか?
人間の快不快が生じる要因としてこの状況下で考えられるものは・・・・」
ぐらいは考える。
そして行動することが出来ない
このフレーム問題とどう向かい合うかと言う事に
90年代のセカイ系

「世の中のしくみが変わってきて何が正しいかわからない」から「間違いを犯すくらいなら、何もしないで引きこもる」
世界が複雑で不透明でよくわからないから、自分では努力しなくていい」
http://www.geocities.jp/wakusei2nd/32a.html

と言う結論を出して
00年代の決断主義

「間違っているかもしてないけれど踏み出す」
http://www.geocities.jp/wakusei2nd/32a.html

という結論を出している
セカイ系決断主義も向かい合う問題(フレーム問題)は変わっていない
2007-07-06ここで言われているルール主義は将棋やチェスのようにルールを決めてフレーム問題を
回避している
向かい合って結論を出すにしても回避するにしても出発点はフレーム問題に代わりはないようだ

決断主義」を経た上で、なお「仮想社会」を自覚的に選択するという層が、今後増えていくのではないかと考えているから。これを僕は「セカイ系2.0(仮)」(←ふるい)(いまさら2.0?)(死語)(←死語っていう言葉こそむしろ死語)(←あほのこだょ♪)とでも呼びたいとたった今考え付いたんだけど、
http://a-pure-heart.cocolog-nifty.com/2_0/2007/06/5_c5bd.html

フレーム問題を知った上でセカイ系決断主義(やルール主義)を経て七転八倒した後でそれを問題ととらえない考え方が次の世代の思想になるのかもしれない。
問題が問題でなくなったその後はまた違う種類の問題をどこかから引っ張り出して来て向かい合ったり悩んだりしながら無視していくのかそれともフレーム問題に対する思想で世代論的に語れる種別の思想が終わりになるのか
それはまた別の話・・・・

文章の不確定性原理

文章の厳密さを無限大にするためにはリソース(時間、知性、検証等)を無限に投入しなければならない
人間は無限のリソースを持てない
よって厳密さが無限大の文章は書けない

全てがネタになるニコニコ動画は恐ろしい

http://app.blog.livedoor.jp/dankogai/tb.cgi/50877247
弾さん「○○をミキサーに入れてみた」という様々な物をミキサーに入れて粉砕する動画のシリーズがありますがそれらのニコニコ市場にその動画の中で使っている20万するミキサーが登録され購入者が一人います。
このことは古いコメントが残っている動画では
「ミキサーたけぇw」だの「誰が買うんだw」とかなどそのミキサーが登録されていること自体がネタにコメントされていて
コメントの回転率の高い動画だと「誰が買ってんだよwww」だの「私がこのミキサー買いました」だの動画の前振り部分はミキサーの話題で埋め尽くされている。
こうなると元々買う予定だった物をわざわざニコニコ市場経由で買ったりする(コメントする人に対するネタとして)人も出てくるんじゃないのか

アニメ版エヴァンゲリオンを見た

エヴァンゲリオンのテーマ 自分にとって自身が代替不可な特別なものであると言う事実と世界にとって自分が容易に代替可能なものであるという事実が生み出すアイデンティティの拡散にどう対応するか
人類補完計画 人と人の距離関係におけるヤマアラシのジレンマに対する解 「離れすぎると寒く近づきすぎるとお互いに傷つくのなら全員が同じ座標にいればいい」
最後二話ぐらい 作中で対極として書かれていたアスカとシンジが「他者との関係性においてのみ自己を認識できる」と言う同根を持つ物である≒全ての人とは他者との関係性においてのみ自己を認識、承認できる物である
神となる機会を得たシンジ君 神は自分と似た他者(アダムとイブ)を生み出す事によって自己を認識することを選んだがシンジ君は他人に承認されることを選んだ?

ボシュロム・ジャパンの井上隆久社長は何故眼鏡を掛けているんだろう

コンタクトレンズを取り扱ってる会社の社長じゃないのだろうか“1週間コンタクト付けっぱなし”は当たり前になるか――ボシュロム ピュアビジョン - ITmedia ビジネスオンライン